手外科で取り扱う主な疾患について
手は体の中では目と同様に体感として機能する部位でもあり、古くから手の外科という独立した分野があります。ここでは多くの方に発症し、手術の適応になりやすい代表的な疾患を紹介します。
ばね指(弾発指)経皮的腱鞘切開について
腱鞘炎の一つであるばね指は、指の屈伸により痛みと引っ掛かり(弾発といいます)起こるもので、比較的中年の女性に多くみられることから、更年期障害の一環として考えられがちですが、あらゆる層で、若い男性でも起こります。
原因は使いすぎ、女性ホルモンバランス、解剖学的素因、血液透析の方ではアミロイド(蛋白質)の蓄積など、その他にも様々な要因が考えられていますが、同じ仕事をしても起こらない人もいれば、複数の指に生じる人もいます。
治療は軽症であれば腱とトンネル(腱鞘)の間にある、腱を包む滑膜の炎症を抑えるステロイドの注射が有効です。多数回の注射は禁物ですが必要最低量を極細い注射針で行います。
痛みと可動域制限、弾発が明らかな場合は、トンネルすなわち腱鞘の切開を行います。
安永は1983年に、腱の損傷を避けながら腱鞘を切開する小さな切開刀を考案し、以来多数(記録が残る1996年以降は6,000件以上)の小侵襲手術を行ってまいりました。
局所麻酔を行い、2mmほどの皮切下に3分間くらいで終え、4~5日間は水の使用を控えることにより、ほぼ全ての症例で満足いく結果が得られています。
ごく少数例(1%未満)ではありますが、トンネルと腱の間に隙間がなく、切開刀が入らない症例があり、その場合は一般的な腱鞘切開手術を要します(局所麻酔下に1~2cmの皮膚切開をし、15分間程度で終えますが、水に10日間くらい浸けられません)。腱鞘切開はされても、少数例(1%未満)において滑膜の肥厚と炎症が残り、腫れぼったさや違和感があるときは、やはり皮膚切開下の追加手術(滑膜切除)が必要となります。
手術前にすでに関節の拘縮(2番目の関節の伸展が不良)がある場合は、術後も残るのでリハビリが必要です。
手根管症候群
手のシビレにおいては最も多い疾患で、母、示、中指と薬指の半分にシビレが生じる正中神経という神経の障害ですが、原因は必ずしも神経の病気ではなく、一般的には指の屈曲を行う9本の腱が通るトンネル(手根管)内での神経の圧迫により生じます。従ってばね指に似た病態を呈し、ばね指を合併する場合も多くあります。発症は男女問わず、広い年齢層にわたります。
電気生理検査(伝導速度)で程度を確認し、初期あるいは軽症であれば手根管内の腱を包む滑膜の炎症を抑える目的でステロイドの注射が有効です。ほかビタミンB12や痛みが強い場合はプレガバリン、ミロガバリンの内服などを処方します。
シビレが続き、母指の基部の筋萎縮がみられる場合は手術が必要となります。手術は手のひらの皮膚を2~3cm前後切開する従来法と、手首(手根管)の手前から内視鏡で行う方法があります。当院ではこれまでに2,300例近い内視鏡手術を行ってまいりましたが、近年は全国的にも前者の手のひらから直視下に切開する従来法が見直される傾向となりました。
手根管内外の解剖的な変異(生来の)が少なからずあることから、内視鏡ではその把握に限界があり、神経を圧迫する組織の切離不足が生じることが否定できません。それに対して従来法は神経とその周囲を容易に観察でき、また腱の周りの分厚くなった滑膜の切除が可能であり(内視鏡では不可能)、手術時間は習熟した医師では、従来法、内視鏡のいずれも15分から20分程度と大差がみられません。従って、双方の手術法を適宜選択しながら行っています。
きちんと除圧されていれば手術方法による術後の成績には差は生じませんが、術前の伝導速度の数値により大きく左右されます。筋萎縮が高度であれば母指の動きを改善する腱移行手術も追加併用できます。
手の変形性関節症
- ①ヘバーデン結節とブシャール結節
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いずれも人名を冠した病名で、前者は指先の関節、後者は先から2番目の関節の変形性関節症をいいます。
労作における指への負荷の大小にかかわらず、女性は40歳前後から発症する方も多くみられます。男性にも少数ですが生じます。
より近位の大きめの関節から始まる関節リウマチとは別の疾患であり、古くから女性ホルモンの影響が示唆されていますが、はっきりした原因はいまだ不明です。変形が進むと意外と痛みが軽減し、消失することもあります。痛むときは取り外し可能な固定装具を処方します。変形の悪化と疼痛が続き、手術を希望される方はヘバーデン結節に対しては関節固定術を行います。局所麻酔で日帰り手術として、一度に複数指を行うこともあります。
ブシャール結節は、一般的には手術の適応となりません。関節を固定すると不自由さが残ることになり、可動を目的とした人工関節は長期成績がよくないとされ、普及はしていません。
- ②母指CM関節症
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母指には3つ関節があり、中でも一番近位のCM関節は動く範囲が大きく、負荷がかかることから、中年以降の女性を中心に関節のゆるみや痛み、さらには可動域制限が生じることになります。
手のレントゲン写真で他の関節に変化がなくても、この関節だけが変形していることがかなりの頻度であります。初期の場合では外用薬や装具を処方したり、支障を伴う痛みがあればステロイドの注射を行います。
進行例には手術も適応となります。この疾患の多くが女性であり、当院では関節の動きを温存した手術、ご自身の利用可能な腱を用いて新たな関節機能を獲得する関節形成術を行っています。
このCM関節の可動域が制限され、母指の2番目の関節(MP関節)が過伸展変形した症例には、同時にMP関節を正常角度に戻す手術を併用します。痛みはほぼなくなり、可動域にも優れ、日常生活の支障は大きく改善されます。
デュプイトラン拘縮
手のひらの皮膚のすぐ裏にあり、手首から各指に向け放射状に広がる腱膜という線維組織にコラーゲンが異常に蓄積して皮膚ごとひきつれ(拘縮)を生じるもので、進行すると指の屈曲拘縮を起こします。男性に多く、繰り返す手の刺激や血行障害などの要因、遺伝性素因、アルコール依存や糖尿病の危険因子の関与が指摘されるものの、未だ原因不明の疾患です。
手のひらの薬指に向かう線上に始まることが多く、次いで小指へ、さらに中指、示指、母指へと進みます。この間、小指や薬指をはじめに2番目の関節(PIP関節)から最後には一番先の関節(DIP関節)の屈曲拘縮を起こし、伸展が不可能となります。指を曲げる屈筋腱はその深部にあり、機能は阻害されません。悪性の疾患ではありませんが、進行速度が数年かかる場合もあれば、数か月で悪化することもあります。
治療は、外用薬や装具、徒手矯正、リハビリは全て無効であり、蛋白分解酵素(コラゲナーゼ)による拘縮、硬結した線維を分解する治療法は、2020年から注射薬(商品名ザイヤフレックス)の供給が停止しており、現在は硬結あるいは索状化した組織を取り除く手術のみとなります。
手のひら側は指先に向かう神経、血管、腱があり、これらを損傷しないよう細心の注意を払います。手のひらに限局した硬結線維を取り除く場合は局所麻酔で外来手術が可能ですが、指に拘縮がある場合には入院の上、全身あるいは腕全体の伝達麻酔が必要となります。拘縮が高度の方は、しばしば硬結や索状の線維による指神経の巻き込みがあり、神経を損傷しないように、かつ腱や関節の機能を損なわなず、取り残しのないように、全て顕微鏡や拡大鏡を用いて行います。
皮膚に癒着した硬結組織を取り除くため、一部の皮膚は薄くなったり、欠損が生じます。必要に応じて部分的に植皮を行ったり(小さな皮膚欠損は自然に上皮化して治ります)、指の高度の拘縮には皮弁形成を応用します。皮膚が落ち着くまで2~3か月間要することもあり、指まで罹患された方は、すでに関節が硬くなっており、手術後のリハビリが必要となります。
手の骨折
転倒や突き指などから様々な骨折が生じます。手術せずに保存的に治療を行うこともあれば、確実な骨癒合を必要としたり、早期の運動を開始して良好な可動域を獲得するために、手術の適応となることが少なくありません。
手術が必要な場合、基本的には低侵襲手術が求められ、受傷後はなるべく早期に局所麻酔下の外来手術を行っています。個々の症例により、骨折の場所や転位の程度、関節に及ぶ骨折か、粉砕骨折か、斜め骨折や回旋変形などを適切に判断し、鋼線、小さいネジとプレート固定、創外固定などの手術法を選択します。
術後は、腱の癒着を防いだり、関節が固まらないように、多くはリハビリを要します。
手首(手関節)の撓骨遠位端骨折
転倒により、あらゆる年齢層に生じる頻度の高い骨折で、のちの手関節の不具合を解消すべく、小児以外の多く症例は手術の対象になります。
主にチタンプレート固定を行うことで解剖学的に整復され、早期の運動が可能となります。現在、この治療法は、多くの医療機関が行う確立された方法でもあります。
その他の手の疾患
そのほかの救急外傷、ドケルバン病など腱鞘炎、腱や神経の損傷、外傷を伴わない神経麻痺(稀な特発性前・後骨間神経麻痺など)、関節リウマチによる変形や腱断裂、爪の変形、腫瘍などの治療を行っています。
肘関節疾患は手の外科に付随するものであり、外傷、テニス肘、神経障害(多くは肘部管症候群)、変形性肘関節症などにも対応しています。
(文責 安永博)